2000年7月掲載


                    (取材協力:日本医療事務センター)




 ”インスタントシニア”体験の目的は、通常経験することができない自分たちの20年先、30年先を垣間見る機会を提供すること。「高齢者の視点から社会を観察する」ことが可能になり、高齢者の具体的機能の衰えや心理的変化を実感することで、私たちを取り巻く社会環境の問題点を発見し、そのための対策や改善の助けにしようというものだ。
 このインスタントシニア体験は、カナダ・オンタリオ州政府が開発したプログラム「スルーアザーアイズ」を日本ウエルエージング協会が日本でのライセンスを得て、普及活動している。インスタントシニアは日本での名称だ。
 8種類の器具を装着し、チャレンジリストに従って、日常行っていることを体験する。器具を装着することで、高齢者の身体的機能の変化、老化を人為的に作り出し、肉体的にも、精神的にも高齢者を実感する。


装着する8種類の器具と用途

■耳栓   耳栓を装着することで聴覚の変化を体験する
■白内障用ゴーグル 視覚の変化・老人性白内障や視野狭窄を体験
■両腕関節サポーター 両腕の関節にサポーターを装着することで、関節が曲がりにくくなり、背中に手を回すなどの動作も不自由になる
■利き手首おもり 利き腕の手首におもりを装着することで、筋力の低下によって手を上げるのが大変になってくることを体験する
■ゴム手袋 薄いゴム手袋を2枚ずつ着け、両手の指を2本ずつテープで縛って、感覚の低下や指先が不器用になった状態を体験する
■利き足膝サポーター 利き足のひざにサポーターを装着して、関節が曲がりにくくなった状態を体験する
■左右違った足首おもり 足首に左右違った重さのおもりを装着し、平衡感覚の変化を体験する
■杖 体をあずける便利なつえも、置き場所がないと倒してしまい、拾うのは大変
■(ゼッケン) 体験中であるということを回りの人に知らせ、体験者の安全を確保する





 


 インスタントシニア体験


〜心理面な不安や孤独感も〜


 「単独行動で、助け合いは厳禁。危険な時以外は、話かけたり、助けたりしないように」。午後1時、講師の南野圭子さんの説明が始まる。危険な時だけ声かけるのは、肉体的な面だけでなく、心理的な不安や孤独感も実感してもらためだ。
 この日、参加させてもらったのは、日本医療事務センターがホームヘルパー2級養成講座に取り入れているインスタントシニア体験。男女計48人が参加。シニア体験についての説明を受けた後、続いて実際の体験に移った。
 体験は、2人が一組になり交代で行う。1人が実践、1人が見守る。実践者は渡されたメニューを見て、それを順番に行っていく。メニューに書かれているのは普段の生活で行うごく基本的な行動だ。
 8種類の器具を装着した感じは、ゴツゴツとした感じで、歩くのがギクシャクする。目の前は白くかすんでいて、特に足元が見えにくいのが怖い。何かにけつまずきそうで、足取りもゆっくりになる。まずは、渡されたメニューが読みにくい。また、耳栓をしているため、回りの音が一挙に小さくなる。大きな声でないと、聞き取れないし、回りの話声の内容がわからないというのは妙に落ち着かないというか、不安なものだ。手袋は二重にし、人差し指と中指、そして薬指と小指をそれぞれひもで縛っているため、ペンを持つのも勝手が違う。
 メニューはバラエティーに富んでおり、複数の組み合わせが用意されている。


   
 
おかしなど食品類の賞味期限やカロリーを見て、その日付や数値を記入する。小さい字で、さて、どこに書かれているのか、結構手間取る人もいた。 自動販売機で1,000円札を入れて、ジュースを買う。なかなか札が入ってくれない。しゃがむ姿勢で、商品を取り出すのもひと苦労。ステッキを持ったままだとさらに時間がかかる。 用紙にボールペンで氏名や住所などを記入する。中指が思う様に使えなく、書きづらい。結局、ガタガタとした字になってしまった。


   
 
お湯をはっていない浴槽で入浴の仮体験。膝が曲がりにくく、浴槽に入って、出る一動作が”ヨッコラショ”という感じ。 ベッドへ横たわり、寝返りを打ち、新聞を読む。日常の基本動作が妙にぎこちない 畳の上に靴を脱いで上がり、座って靴下を脱いで、また履くという動作。パートナーに履かせてあげることにトライする人も。


   
 
ポットから注いだ熱湯のなかに指をつける。手袋をしたままだとちょっと熱いくらいだが、その後、手袋をはずして指を一瞬つけてみるとかなり熱い。これで、低温やけどの知識を体感する。 ビデオを再生したいが、横の別のスイッチを押してしまったりする。画面が映ると、次は「音量をちょうどいいくらいに合わせてください」の指示。合わせた後、耳栓をはずして聞くと、かなりやかましい。それだけ、高齢者は音が聞こえにくいということだ。 階段の上り、下り。視界が白くぼんやりかすんでおり、特に、足元がはっきり見えないのが怖い。個人差もあったが、最初の一歩を踏み出すのに、かなり躊躇していた人もいた。


〜1人1時間、汗かき、ヘトヘトの人も〜


 このほか、掲示板に貼ってあるカラフルな絵を見て色の識別のつきにくさを確認したり、トイレに入り、電気つけた時、消した時の違いをみたり、といったメニューもあった。エレベーターではうまくボタンを押せず、行きたい階を通り過ぎていく人も。
 また、取材当日はあいにくの雨だったが、晴れの日の場合は、街頭へでて20メートルほど離れたところへ行きテレホンカードで電話をかけ、降水率を確認し記入してもらったりする。建物内部の暗いところから、明るい外へ出ると一瞬真っ白になる、という。
 インスタントシニア体験は1時半にスタート。交代し、終了したのは3時半。およそ1人当たり1時間をかけて実体験した。おもりは男性の場合、あまり苦にならないという人もいたが、多くの人が汗をかき、結構ヘトヘトといった様子だった。
 大阪市内から来た女性のK・Iさんは「階段が怖かった。手すりもなく、特に最初の踊り場までが暗くて怖かった。テレビのリモコンやエレベーターでは違うボタンを何回も押してしまった」との感想。また、ヘルパー志望の東大阪市の女性のK・Eさんは、「重さはたいして苦にならなかったが、目が良く見えなかったのが一番不安だった。新聞の文字もとても読みづらい。お年寄りの大変さがいろいろわかった」と話した。




「相手の立場に立って生まれる発想を大切に」


●インスタントシニア講師    
   南野 圭子さん
   


 体験してもらうのは、20年、30年後の自分の姿であり、特別なことではない。高齢者は視力低下による不安のほか、ちょっとした段差など不自由な局面がたくさんある。どこかへ行こうという時にも、エスカレーターはあるんだろうかと心配になり、精神的プレッシャーとなって、ついつい外出にも及び腰になってしまう。そうした日常が本当に大変だということを実感してもらいたい。白内障の経験ではまったく世界が違うことがわかる。実際に体感すると高齢者の置かれている状況がよくわかり、見方も変わる。頭の中だけではなかなかわかりにくい。そして、こういう時はこういう風に大変だろう、だからこうしてあげようという思いが生まれてくる。たとえば、ここに杖の置く場所があったら便利だとか、この照明をもう少し明るく、ここの段差が怖いから手すりをつけるといった工夫が見つかる。相手の立場に立って生まれるそうした発想を大切にしてほしい。




加齢による機能の変化(老化とは)

【 目 】
視力は5歳くらいにほぼ完成され、その後徐々に低下していきますが、歳とともに視力だけでなく、明るさ感にも衰えが出てきます。20歳の人を基準とすると60歳では、3.2倍の明るさが必要となります。また、白内障は40歳代後半から始まり、70歳代になると80〜90%、80歳代後半ではほぼ全員がなります。
【 耳 】
聴力は特に高音が聞きにくくなり、特にカ行、サ行、タ行、ハ行の音が聞きづらくなります。
【 筋肉 】
体重の約43%が筋肉といわれていますが、20歳代を100とすると70歳代では25%も落ちるといわれております。筋肉は早く反応するものと持続させるものとがありますが、早く反応する筋肉から落ちていきます。
【 関節 】
関節の可動範囲が20歳代のときに比較して20%落ち、立ち上がり、しゃがみ込みが困難になってきます。また、体をひねる範囲も浅くなってきます。
【 感覚 】
指先が不器用になり、細かな作業に時間がかかるようになります。握力が弱くなるのも特徴です。
【 温度感覚 】
感度の低下により、体温調節がうまくいかなくなります。熱くないと感じて入ったお風呂が少したってから熱くなり、やけどをするということも起こるわけです。
【 心理的な面 】
身体的変化に起因した孤独感、不安感がでてきます。初めての場所で方向感覚を失ったり、行き先が見つけられず、慌てるなど心理面に影響します。